04 — Company
会社概要・沿革
常世暦一年に粟島の湊で始まり、百二十三年目になります。大火で一度すべてを失い、規模を追う道からも降りました。
Overview
会社概要
| 商号 | 株式会社粟島酒造(あわしましゅぞう) |
|---|---|
| 創業 | 常世暦一年 |
| 法人化 | 常世暦十九年(合名会社として) |
| 現行の会社形態へ改組 | 常世暦九十年(株式会社へ) |
| 所在地 | 潮路県波郷郡粟島町字浜通り三番地 |
| 代表者 | 代表取締役蔵元 五代目 磯崎 宗一郎 |
| 杜氏 | 網代 佐一(潮路杜氏・当社在職二十八年、杜氏就任十二年) |
| 資本金 | 三百万円 |
| 従業員数 | 六名(杜氏一名、蔵人三名、事務・営業二名) |
| 事業内容 | 清酒の製造・販売、酒粕・甘酒等の関連商品製造 |
| 杜氏系統 | 潮路杜氏 |
| 仕込み水 | 波郷川水系 伏流水(軟水) |
| 使用米 | 波郷錦(契約農家四軒)、常世晴 |
| 使用酵母 | 潮九号(潮路県試験場分離) |
| 蔵内祭神 | 少彦名命(すくなびこなのみこと)/少彦名社 |
| 社紋 | 三つ粟(常世暦十九年制定) |
| 蔵の建物 | 木造二階建。常世暦六十三年再建。仕込み蔵・麹室・槽場・貯蔵蔵・少彦名社 |
| 年間生産量 | 一升瓶換算 約八千本(少量高品質生産) |
| 銘柄 | 常世/羅摩船/粟島/少彦 ほかに「八塩折」(貴醸酒・不定期) |
Building
蔵の建物
常世暦六十三年、大火からの再建で建てたものです。木造二階建、一階は板張り、二階は白漆喰。仕込み蔵、麹室、槽場、貯蔵蔵、そして裏手の少彦名社。この五つが、いまの蔵のすべてです。
夏でも蔵の奥はさほど温度が上がりません。冷却設備に頼りきらずに済んでいるのは、入江に面したこの立地によるところが大きいと思います。
Message
五代目より
私が蔵を継いだのは常世暦百十八年です。父の代に量を三分の一まで落としていましたから、継いだときには、もう「大きくする」という選択肢そのものがありませんでした。
それを不自由だと思ったことはありません。八千本というのは、蔵人四名が全部の桶を見て回れる量です。この数字を超えた瞬間に、見えなくなるものが出てきます。
言い伝えの一節に、「小さきものが、大きな仕事を為す」とあります。都合よく読めば自分たちを励ます言葉ですが、私はむしろ、小さいままでいることを許してくれる言葉として受け取っています。
代表取締役蔵元 五代目 磯崎 宗一郎
History
沿革
常世暦 一年
初代・磯崎伊之助、粟島の湊にて個人商店として酒造りを始める。土地の言い伝えに由来し、屋号を「粟島」とする。当初は自家用に近い規模で、町内にのみ卸していた。
常世暦 十九年
合名会社粟島酒造として法人化。潮路杜氏を初めて招聘し、仕込みの体制を整える。二代目・久蔵が社紋「三つ粟」を定める。
常世暦 四十六年
二代目・磯崎久蔵が継承。隣郷への出荷網を広げ、蔵の規模を拡大する。この時期が生産量としては蔵の最大期にあたる。
常世暦 六十一年
隣家からの出火により、蔵の主要部を焼失。仕込み蔵・麹室・貯蔵蔵のほとんどを失う。焼け跡に残ったのは少彦名命を祀る祠と、初代が使っていた木桶ひとつだけであった。近隣の蔵元・杜氏衆の協力を得て再建に着手する。
常世暦 六十三年
蔵を再建し、醸造を再開。それまで簡素な祠であった少彦名社もこのとき改めて建立し、以来毎年の仕込み前に祈念する習わしを定める。この再建を機に、規模の拡大よりも品質を重視する方針への転換を模索し始める。
常世暦 九十年
三代目のもとで株式会社粟島酒造へ改組。
常世暦 百二年
四代目・磯崎彦市が継承。清酒需要の全国的な縮小に直面し、普通酒中心の生産から、少量高品質の純米・純米吟醸路線へと舵を切る。生産量を約三分の一に落とし、年産八千本の体制を敷いた。
常世暦 百十八年
五代目・磯崎宗一郎が蔵元を継承。銘柄を四つに整理し、祈念用に取り分けていた酒を「少彦」として正式な銘柄に加える。
常世暦 百二十三年(現在)
純米酒・純米吟醸酒を中心とした蔵として再定位。銘柄名にも土地の言い伝えに由来する言葉を静かに織り込みながら、粟島の地酒として近隣諸国への出荷を拡大している。