01 — Origin
蔵の名の由来
粟の茎を編んだ小舟に乗って、掌にも満たぬほど小さき神がこの入江に着いた。屋号「粟島」は、その言い伝えの残る土地の名から、そのまま取られています。
この土地には古くからの言い伝えがあります。遥か常世の彼方より、神産巣日神の御子と伝えられる、掌にも満たぬほど小さき神が、粟の茎を編んだ小舟 ── 天の羅摩船 ── に乗り、鵝の皮を衣としてこの入江に流れ着いた、と。
出迎えたのは、この地の主・大己貴命でした。二柱は力を合わせ、稲と粟の栽培、そして酒を醸す術をこの地の人々に伝えたと言います。その小さな神の名を、人々は少彦名命と呼び伝えました。
功なった後、少彦名命は再び同じ小舟に乗り、常世へと帰っていきました。神が舟を寄せたこの入江を、人々はいつしか「粟島」と呼ぶようになったといいます。
粟の茎に弾かれて、常世の国に渡りましき。
その小さきこと、掌に載るばかり。されど国造りは成りぬ。 粟島町に伝わる口伝より(蔵に残る書付を現代表記に改めたもの)
初代が、屋号にこの名を選んだこと
常世暦一年、初代・磯崎伊之助は、粟島の湊で酒造りを始めました。屋号を決めるにあたって、伊之助は自分の姓を使わず、土地の名をそのまま採っています。
三代目が書き残した覚書によれば、伊之助は「この酒は磯崎の酒ではなく、粟島の酒である」と言っていたそうです。真偽は確かめようがありませんが、以来五代、この蔵は屋号を変えていません。
「小さきものが、大きな仕事を為す」── 言い伝えのこの一節を、当社は経営理念の核として受け継いでいます。年産八千本という規模を、大きくしないと決めているのも、突き詰めればここに理由があります。
Crest
社紋「三つ粟」のこと
当社の社紋は、粟の穂を三つ組んだ「三つ粟」です。常世暦十九年の法人化にあたって、二代目・久蔵が定めました。三つは、神と、土地と、蔵人を表すと伝えられています。
ただし、当社の酒に粟は使っていません。清酒は米・米麹・水から造るものと決まっており、粟を入れればそれは清酒ではなくなるからです。粟は社紋と屋号のなかにだけ残しています。言い伝えを守ることと、酒を正しく造ることは、別のことだと考えています。
Awashima Town
粟島町という土地
波郷川が入江に注ぐところにできた、人口二千三百人ほどの漁師町です。町の通りは一本きりで、蔵はその通りの海寄り、字浜通り三番地にあります。
山が海までせり出しているため、田を作れる場所は川の上流の谷筋に限られます。当社が契約している四軒の農家も、みなその谷にあります。
旧暦八月には「羅摩流し」という行事があります。粟の茎で編んだ小舟を作り、入江に流して少彦名命の帰りを送るもので、当社は毎年この行事に奉納酒を納めています。
Next
仕込み蔵の裏手に、
小さな社があります
少彦名命を祀る「少彦名社」です。新酒の仕込みに入る前には、蔵人一同がこの社に参ります。社の脇には、言い伝えに登場する羅摩船を模した木彫りが納めてあります。